視点の固定化と自由化

twitterで流れてきたのを見て考えたこと

間違えやすい「エレベーターの開閉ボタン」をJAYPEGでデザイナーたちがリデザインしてみた

様々なデザイン案があがってて面白い。
何より安全面考慮の観点からか、積極的に「開く」ボタンを大きくしてるアイデアが多く、なるほどなーと思った。
こういうUIデザインの場合、奇を衒うよりこういうふうに「ちょっと考えたらこうなった」の結果がベストなのだろう。
多くの人が思いつく=多くの人がそう思う でしょうし。

ただ「エレベータのボタン」に限っていえば、未だに開閉ボタンがある事自体が疑問。
そもそも要らないんじゃない?と思ってしまう。
自動ドア程度のセンサーと、加えて内側外側範囲の設定や開閉時間、センサー感度等のエレベータ専用チューニング施せば、自動化しつつ、かつ開きっぱなしでタイムロスというのもそんなに出ないのではないでしょうか。

ドアにも照明にもセンサーがついてるというのに、エレベータは人がいても閉ボタンを押したら問答無用で閉まる仕様が未だに残ってるのはどうかなと。
実際、開いてから入るまでやや時間を要した場合(エレベータの5m程手前で丁度入れ違いの人が来てエレベータが開いたというような状況)、そのまま突っ込むにはちょっと怖いんですよね。

と、いうように、まず「開閉ボタン不要論」派なのですが、これが絶対とは思いません。といいますより、微妙に水を注すだけの意見じゃないかとも思います。

私が一番微妙だと思う考え方は、こういう「そもそもの前提がおかしくない?」という”逆転の発想”系を至上主義としてしまうところ。
これがベストなのは時と場合による。

逆転の発想系も、あくまで1つのデザイン論であって正解ではなく。ただ、やたら偉そうでドヤ顔で言ってしまうんですよね。
例えば、これが「開閉ボタン必須」という条件に固定してデザイン案を議論する場面であれば、勉強として非常に有効でエレベータ以外でボタン必須の状況が出た時に役立つ知識となります。

そして今回の場合は、ボタンをなくす代わりに新たにセンサーの追加という項目ができるので、1からのエレベータデザインしなおさなくてはならず多大なコストがかかり、また既存製品の改造はボタンのデザインを変えるだけに比べて非常に困難です。

視点を変える手法というのは大切ではあるけれど変えてからのアイデアが既に別物になってることも多いです。
いくらカメラを下げて視野を広げても、論点はフラクタルのようにあって。
例えば「そもそもボタン要らなくね?」からさらに視野を広げたら「そもそも今のエレベータて効率悪くね?」とも考えられます。
複数階の人間を1つの箱で行ったり来たりさせて運ぶのは、エスカレータに比べてロスがでかいと思います。

しかしボタンのデザインについて皆で考えてる時に「そもそもエレベータ自体無駄なんだよ!」と言う人間が面白いかというと、微妙です。ボタンのデザインと同時に、また別の所で新しい道具を研究するべきなのだと思います。

そんな訳で、考えのレンズは広角からマクロレンズまで、特徴を理解して使いわけていかないとなと考える次第です。

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